【最上を受け継ぐモノ・手仕事】職人達を一人ずつ紹介

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会期日程 2015年2月9日(月)〜15日(日)
展示会場 新庄市エコロジーガーデン
入場料 無料
開場 9:30

最上を受け継ぐモノたち・手仕事編

最上地域の歴史や文化を調査し、ものづくりをしている職人の方々と共に、最上を活かしたものづくりを行ってきました。
展示会場では、制作した作品が並びます。
そして、職人と作品をまとめたパンフレットも配布いたしますのでどうぞご覧下さい。
ここでは、関わっていただいた職人達を一人ずつご紹介します。

 

 

新庄東山焼六代目弥瓶 涌井正和

江戸時代から続いている新庄市にある窯、東山焼。 作品が、昭和時代に民藝運動をしていた柳宗悦氏の目に留まり、「土鍋としては、日本中のもので最も美しいでしょうか」と讃えられている。 地元の陶土を使い、多くの人に愛される焼物を作り続けてきた窯には今、六代目の涌井正和さんがいる。 「ものづくりというのは、良い物を作りたいという強い気持ちがあって、それからはとにかく経験だと思っています。」と語る。 ものづくりへ対する真剣な姿勢は、その背中を見て育つ子へと伝わり、技術とともに代々受け継がれている。

 


 

長沢和紙継承者 大場秀子

八百年の伝統を持つ長沢和紙は、山野に自生する「楮(コウゾ)」と「ノリウツギ」だけで作られた山形県最上郡舟形町の長沢地区で生産さ れる和紙。紙漉きは冬の仕事。この地方の寒さにより、丈夫な和紙となる。 舟形町の無形文化財にも指定もされているこの和紙を漉く職人は、現在大場秀子さんただ一人。国道47号沿いにある「松原ドライブイン」で食堂を営みなが ら、寒の時期になると、地下の紙漉き場で静かに紙を漉いている。寒さには慣れた最上人でも、冷たい水に晒され、手は真っ赤になる。彼女はたった一人で八百 余年の歴史を背負いながら、それでも紙漉きを続ける。

 


 

長沢わら工芸愛好会

「昔は、朝になると家々からトントン、トントンと藁を打つ音が聞こえてきたもんだ。 今は、物が簡単に買える時代だから、道具を作るために藁を干す農家もうんと少なぐなった。」
と語るのは、舟形町に住むわら細工職人の八鍬朝吉さん。 最上地方は米どころ。昔は稲藁を道具に加工し、暮らしの中で使用したり、冬仕事として作った道具を販売して生計をたてるのが当たり前だったが、現代ではその文化が姿を消そうとしている。身の回りで藁を見かけることも少なくなった。 「長沢わら工芸愛好会」の爺ちゃん達は、藁を通して自然豊かなこの土地のことを伝え続けている。 子どもの頃には大人の藁仕事を目の当たりにして育ち、長い人生を歩んできた彼らの言葉には重みがあり、心に残る。 最上地方には、そんなカッコイイ男たちがたくさんいる。

 


 

有限会社ワンツー 信夫正己

信夫正己さんの仕事は、人の暮らしを考える事から始まる。 暮らしに溶け込み、長く心地よく使える道具になるようにと思案を繰り返しながら、箸・皿・米びつ等の暮らしにまつわる道具を作り続けている。 インテリアデザイナーとして、道具や家具作りだけではなくリフォーム等のコーディネートも請け負う。仕事の大半は県外の案件だが、この土地を離れようとは思っていない。
「都会が嫌いというわけではなくて、行ったり来たりすることで、すぐそばにある自然が当たり前に感じないし、天然素材の良さを伝える人間として、ちょうど良い距離感を保てるんですよ。」
一生のうちで、どこで、どんな人と、どんな風に暮らすのか、選択肢は人の数だけある。 暮らしのデザインをテーマに、この土地だからこそ提案できる素材や生活の知恵を取り入れ、創業当初から変わらぬ想いで地方の豊かさを提案し続ける。

 


 

うるし工房学 佐藤学

佐藤学さんは、真室川生まれの真室川育ち。大工の棟梁をする父(※)の元で育ち、父の影響もあり、小さな頃から、己の手を使う技術を身につけたいと思っていた。 町役場が地場産業育成のために設立した「うるしセンター」で漆塗りの技術を学んだ後”うるし工房学”という屋号で、最上地方においてたった一人の塗師として活動している。 漆塗りを始めて十二年が経ち、今では自ら漆の採取も行う。
「漆器は使えば使う程に、その人の手に馴染み、色の変化も楽しめます。塗膜が剥がれてきたら、塗り直すことで生まれ変わります。職人が手をかけたものは、技術と気持ちが込められていて、それが保証になってると思うんですよね。」
最上地方で職人の高齢化が進む中、彼はまだ三一歳。漆に向き合う真摯な姿勢に、これからの更なる活躍に期待が膨らむ。
※父・・・ 真室川町で大工と木地師を両立して活動する佐藤義英さん

 


 

木地師 佐藤義英

釣りが趣味の佐藤義英さんは、真室川町でずっと大工仕事を生業としてきた。 平成十四年に町役場が主催した「器の学校」を受講し、木工芸の第一人者である時松辰夫氏指導のもとでろくろに向かった。 大工仕事の合間をぬいながら、器や皿などの木製品を、気が遠くなる程の数、作ってきた。 今では、大工と木地師の仕事を両立させながら、より良いものを作る為に試行錯誤を重ねている。
「木地師としては、まだまだ経験が足りねぇ。もっともっと、ろくろを回していかねぇとな。  息子の学(※)は漆塗ってるんだけど、学と一緒に頑張るのも面白いと思ってる。」
佐藤さん親子は、町にはなかったものづくりの礎の一つを築き、これからも挑戦し続ける。
※息子の学・・・真室川町で活動する塗師・佐藤学さん(うるし工房学)

 


 

蔓細工作家 伊藤和江

舟形町に住む伊藤和江さんは、あけび蔓のカゴや小物入れ、山ぶどう蔓のストラップなど、女性ならではの感性で細やかに装飾された作品を作っている。 趣味のために蔓細工教室に通ったことをきっかけに、今では自ら山に入り、あけびの蔓や、山ぶどうの樹皮などを採集してくるまでになった。 山育ちの夫から自然のことを教わりながら、山に入る者が心得るマナーの範囲内で採集する。
舟形駅の売店で売られているいくつかの商品は、彼女の手から生まれたものだ。
蔓の曲がりや樹皮の節など、自然のままの形を活かした作品には、ありのままを受け入れる彼女のおおらかな性格を垣間みることができる。

 


 

岸家具店 岸欣一

岸欣一さんは、金山町にある家具店の主。元々、母と姉が営んでいた家具屋を継いだ。
初めは、家具を買い付けて売るという小売だけをしていたが、次第に自ら家具を制作するようになった。 店に入ると、そこは家具店というより工房といった雰囲気だ。製作の過程で出た端材も大事にとっておく。
「材料捨てるのもったいねえべ」欣一さんは言う。端材が生まれ変わり、立派な作品になることも多々ある。小さなお店ならではの強みだ。 「大抵アイデア思いつくのは、人との会話の中からだから、お客さんと話すことをすごく大事にしてるんだ。納品で店にいなくて、話が出来なかったときはもったいないことしたなあと思うよ」
話の端々には「もったいない」という言葉が出てくる。そこには、木材や人に対する感謝が凝縮されている。

 


 

蔓細工作家 丹和恵

丹和恵さんは、結婚を機に、新庄市から金山町へ移り住み、四人の子を育てあげた。子育ても一段落した頃、友人に誘われて藤細工教室に 通ったことをきっかけに、生活を彩る編組品(へんそひん)を作るようになった。現在では、山ぶどうの蔓やくるみの樹皮など、様々な山の素材を使って作品を 手がけている。手仕事を通じて、天然の素材の宝庫である金山町への愛着がしだいに募り、今では自分の住んでいる町が大好きなのだという。
「山の素材でしっかりと作られたものは、三世代以上使えると言われています。私の作品が誰かの手に渡って、その人よりもさらに長生きして愛されるようなものを作っていきたいです」
彼女が愛用する蔓細工の手提げ鞄は、いつか孫が使うようになるかもしれない。作品は世代を超えて受け継がれていく。

 


 

未来工房 小林繁男

今年で還暦を迎える小林繁男さんは、新庄市の「未来工房」で木工品を手がける職人。長沢こけしの継承者でもあり、工房に並ぶこけしは、全てを見てきたような優しい表情で佇んでいる。製作作業は流れるように行われ、あっという間に作品が出来上がる。
「おれはバカだから、何でも見せちまう。昔の職人は、自分の仕事を他の人には見せねえんだ」
その言葉通り、作業工程を見せたがらない職人は多い。
「見たところで簡単に真似できるものじゃないから気にしてないけどな」
小林さんの技術の全ては、人から手ほどきを受けたものではなく、目で見て、手を動かし覚えてきたもの。失敗が許されない、人前での実演も多くこなしてきた。 その言葉は確かな自信に満ちあふれている。ぶっきらぼうな口調が昔ながらの職人らしい。しかし、付き合いが深くなると、その言葉の奥にある温かい心情に気付くことができる。彼は、言葉よりも物で想いを伝えるのだ。

 

 

 

 

 

種と手 -最上を受け継ぐモノ-


会期日程:2015年2月9日(月)〜15日(日)
展示会場:新庄市エコロジーガーデン
入場料:無料
開場:9:30
閉場:16:30

展示イベント特設ページ
http://moginfo.jp/tanetote

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カテゴリー  イベント モノ