最上を受け継ぐモノたち・伝承野菜編

最上を受け継ぐモノたち・伝承野菜編

約一年間をかけて、「最上伝承野菜 種ト」という冊子を制作しました。
展示ブースにも冊子の閲覧コーナーがございます。
取材にご協力いただいた最上伝承野菜の栽培農家を一人ずつご紹介します。

雪割菜生産者 佐藤富美子

真室川町の伝承野菜である雪割菜を生産する佐藤富美子さんは、米農家の佐藤弥太郎さんとともに農業を営んでいる。
一家の台所を預かり、日々の食卓を四季の野菜で彩る。
雪割菜は、雪解けの時期に一番に春を告げる伝承野菜。
青々とした葉を茂らせ、6月には菜の花に似た黄色の花を咲かせる。おひたしにしていただくのが定番。苦みがなく柔らかな甘みが特徴だ。
旬の時期には、葉と蕾を収穫してさっと湯にくぐし、素材の美味しさを味わってほしい。

 


 

 

ひろっこ生産者 高橋好子

真室川町で、ひろっこを始めとする様々な伝承野菜を栽培する高橋好子さん。一部地域でしか育たない最上伝承野菜以外はほぼ網羅して栽培しており、中でも豆類の種類が豊富。「伝承野菜 種ト」では、ひろっこの記事でとりあげた。
ひろっこは雪を掘り、地面の下にある新芽を掘り出して収穫する。旧暦の雛祭りのお膳にものぼる。
その頃にはまだ最上地方は雪が残っていることが多い。新鮮な青い野菜がまだ出回らないこの時期、昔の人は、その恵みに感謝し、大事にいただいた。冬の食糧に困らなくなった現代でも、高橋家ではその風習を大切にしており、代々受け継いだ季節の郷土料理が食卓にのぼっている。

 


 

勘次郎胡瓜生産者 奥山イト子

真室川町で、勘次郎胡瓜を栽培している奥山イト子さん。
自身の実家で祖母が育ててきた勘次郎胡瓜を、様々な変遷があり受け継いだときには、栽培農家は日本でたった1軒になっていた。
皮が黄色い胡瓜は全国的にみても大変希少で、最上伝承野菜の認定を受けて陽の目をみたことにより、現在では地元産直市場の会員を中心に数軒で栽培されるようになった。
種とともに、先人たちが作物を守ってきた想いや願いも受け継いだイト子さんの想いは彼らに託されて、町をあげてのPRが功を奏し、近年、勘次郎胡瓜は全国から注目を浴びる食材となっている。

 


 

弥四郎ささぎ生産者 佐藤弥太郎

真室川町の山の中で、築百年を越える古民家を守りながら農業を営んでいる佐藤弥太郎さん。
米作りを生業としながら、家に代々伝わる弥四郎ささぎを育てている。ささぎはインゲン豆のこと。
東北地方では”ささげ”ともいい、最上地方では方言で”ささぎ”となる。
弥四郎ささぎは、昔は弥太郎さんの住む地域で広く栽培されていたが、現在は市販のインゲン豆の種に圧され、栽培する家も減少している。
しかし食味は大変よく、さやが大きくなっても柔らかく食べられるのが特徴。
雪割菜を育てる佐藤富美子さんとは夫婦で、春から秋にかけては夫婦で田畑に出て、山と川に囲まれた豊かな自然の中で毎日、農作業に精を出している。

 


 

畑なす生産者 柿崎繁男・友子

新庄市本合海、最上川に寄り添う畑地区で、ずっと昔から栽培されてきたのが畑なす。 直径10cmにもなる丸なすで、一般的ななすとの違いは、火を通しても形崩れせず、しっかりとした食感が残ること。
国道47号線沿いで「最上川食堂」を営む柿崎さん夫婦は、夫の繁男さんが生まれる前から伝わるこのなすを丹誠込めて育てている。妻の友子さんは柿崎家に嫁いで、義母から畑なすの栽培法を学んだ。
現在では夫婦そろって食堂、畑、田んぼにと、忙しい毎日を送っている。畑なすの最盛期には、産直ののぼりをたてて販売も行う。食堂で食べられる畑なすは肉厚でジューシーで、その味に感動したお客さんがその場でなすを買っていくことも往々にある。
平成26年からは、畑地区の7軒の栽培農家を柿崎さんがとりまとめ、もがみ物産館での販売も行われ、畑なすの名は全国に広がりつつある。

 


 

最上赤にんにく生産者 高木厚

最上町赤倉で最上赤にんにくを育てている高木厚さん。東京都出身の高木さんは、奥さまの地元である最上地方に移住してきてから、本格的 に農業に携わることとなる。赤にんにくは、この地域では自家用に育てている家がほとんどだったが、高木さんは最初から大規模販売を見据えて栽培を始め、組 合を作り、乾燥や保存のための施設も立ち上げた。有名な飲食店で使用されたり、メディアにとりあげられたりするなどして、ものの数年で赤にんにくの名は全 国区となった。赤にんにくは皮にきれいな赤紫の色が入り、見た目にも美しい。その色を保持するために高温にはさらせない。独自の方法で乾燥保存するなど、 大量生産して販売されるまでには、目に見えない努力があり、たくさんの壁を乗り越えてきた高木さんは移住者だが、赤にんにくを通じて最上町の人と人を繋 ぎ、組合を始めとする様々なコミュニティを作ってきたことで、現在の全国展開がある。自身が新規就農者として培ってきた経験を、これから就農する人たちに 伝え、赤にんにくに限らず、最上地方の農業が活性化することを願っている。

 


 

漆野いんげん生産者 荒木タツ子

金山町の漆野いんげんは、昭和初期に種が漆野地区に伝わり、地区の各家庭で栽培されていた。
一般的にインゲン豆は青い若さやを食べるのだが、漆野いんげんは完熟のものを収穫し一度乾燥させたものを食べる。水戻しして甘煮にするという調理法が荒木タツ子さんの家には伝わってきた。
タツ子さんは荒木家に嫁いでから、その調理法を義母から学んで、今現在もその煮豆を作り続けている。来客があるとその煮豆をお茶請けとして出す。さやごと煮られた豆を見て、客人は最初は驚くが、黄金色のさやが透き通る様子にみな感嘆する。
煮豆はお土産品にも最適で、「もがみ物産館」などで買い求めることが出来る。

 


 

甚五右ヱ門芋生産者 佐藤信栄・春樹

真室川町のある場所でしか育たない里芋がある。大谷地という山の中の畑で、室町時代から伝わる甚五右ヱ門芋を育てているのが、佐藤信栄さん夫妻、そして孫の春樹さん夫妻だ。農家としては20代続いている。
甚五右ヱ門芋は一般的な里芋よりも細長く、ねっとりとした食感が特徴的だ。山形の郷土料理である芋煮にはもちろん、洋風の料理にも幅広く使うことができ、 その独特の食感を活かしたスイーツも販売されている。限定量しか生産できないため希少性が高いが、イベントや提携している飲食店などで食べられる他、収穫 期には春樹さんが運営する「森の家」のHPでも買い求めることができる。
その年の出荷が終わってしまえば翌年まで食べることができないため、十月前後に森の家が開催する「芋祭」は、一度は訪れておきたいイベントだ。

 


 

エゴマ生産者 戸沢村エゴマの会

電灯が普及する前に、夜を照らすのは火だった。植物や動物の油を搾り、灯油(ともしびあぶら)として使用する。エゴマはその代表的な素材だった。
電気が人々の暮らしの隅々まで行き渡るようになると、灯油としての需要は減ったが、自前の繁殖力で土地に根付いたエゴマは、あるきっかけで再び戸沢村で歴史を紡ぎ始める。
農家の妻として迎えられた韓国女性が、エゴマを食卓に登場させるようになった。
韓国でエゴマはごく一般的な食材だ。葉をキムチにし、実は炒って料理に加える他、油は食用にしても優れた栄養価を持つ。油を搾ったあとは滓を飼料とするこ ともできる。捨てるところがない食材で、韓国では大変重宝されている。戸沢村の人々もその利用価値に築き、「戸沢村エゴマの会」を作り、村をあげて栽培を し、加工品を開発し発信し始めている。

 


 

久五郎豆生産者 佐藤真由美

最上町に住む佐藤真由美さんは、女性ながら佐藤家の農業を継ぎ、9代目「久五郎」として、日々農作業に主婦業にと忙しい日々を送っている。
久五郎豆は、真由美さんの曾祖母が「味噌にはこの豆が一番よい」と言い伝えたことで、主に味噌の原料として栽培されている。夫が育てた米で麹を仕込み、久 五郎豆と合わせて味噌を仕込む。塩も知り合いから買う。材料は全て自分で見定めたものを使用している。 味噌小屋には時代を感じさせる味噌樽がずらりと並ぶ。秋に豆を収穫したら、冬に味噌を仕込む。豆を煮るのは薪火。仕込んだ味噌は、次の年の豆が収穫を迎え る頃に完成し、販売される。ネット販売も行っているが、真由美さんは出来るだけ、実際に対話してお客さんに手渡したいと思っている。
食べた感想をきくときが、ドキドキしながらも一番嬉しい瞬間だという。

 


 

長尾かぶ生産者 佐藤あや子

長尾かぶを育てている佐藤あや子さんは、食品加工においては右に出るものはいない、舟形町の食における第一人者だ。
自分の育てた野菜への愛着が高じ、形が悪いものでも傷がついていても、余さず使い切るために加工を始めたという。長尾かぶは伝統的な漬物になり、産直に出 荷されるほか、東京にある山形のアンテナショップで販売されることもある。そこではすぐに在庫切れになるほどの人気だという。
家に建てた加工所で日々作業に勤しみ、漬物のほかにはくぢら餅やシソ巻きなどの伝統的なお惣菜なども販売している。長尾かぶに関しては、ただ家に伝わって いるからという理由だけでなく、ほかの在来かぶと固さを比べた上で、長尾かぶに一番適していると判断した漬物に加工している。受動的に受け継いでいるわけ ではなく、その漬物には長尾かぶでなければならない、という強いこだわりを持っている。

 


 

肘折大根、肘折かぶ生産者 佐藤勝

有名な大蔵村の四ケ村の棚田。そのさらに奥の滝ノ沢という地区に住む佐藤勝さんは、農家と村議会議員という二つの顔を持っている。面倒見のいい勝さんは、地域で耕作放棄地となってしまった畑を借りて、その土地で肘折かぶと肘折大根を育てている。
自身が子どもの頃は、地大根や地かぶと呼ばれていた野菜たち。畑一枚分の肘折大根がたくあんとして保存され、それをひとつの家で一冬で食べ尽くしたとい う。それほどに冬は食糧が少ない土地だ。平地より標高が高く、畑は雲の上の世界だ。 現在でこそ冬に飢えることはなくなったが、使われなくなった畑が増え、その土地が次々と山に飲み込まれてしまうのを、勝さんは誰よりも憂いており、肘折か ぶや肘折大根に限らず様々な作物を育てて畑を維持している。土地を守るために育てられた野菜は、温泉街などに出荷されている。勝さんは、土があってこその 野菜、という。野菜ばかりに目を向けるのではなく、それを育む土が基本なのだと。

 

 

種と手 -最上を受け継ぐモノ-


会期日程:2015年2月9日(月)〜15日(日)
展示会場:新庄市エコロジーガーデン
入場料:無料
開場:9:30
閉場:16:30

展示イベント特設ページ
http://moginfo.jp/tanetote

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