掻く、うるし。真室川町 – 漆職人の手仕事 –

漆掻き-真室川-

“9000年”“漆”この単語で何を想像しますか?

漆器(漆で塗られた食器等)はご存知の方も多いかと思いますが、漆の歴史や、どのようにしてとられるかというコトはあまり知られていないと思います。

伝統工芸品産業は徐々に縮小傾向にあるという状況の中、山形県最上地方の真室川町では、漆収穫から調合、塗りまでをこなす若い漆職人がいます。
その人、うるし工房学の佐藤 学さん(以下、学さん)は、18歳から漆業一筋13年(2014年現在)の職人です。


うるし工房学 佐藤 学さん プロフィール
ブログ:山形県の漆 漆器工房学

18歳から漆の道に進み、漆業一筋13年。
現在は、自宅前の小屋2階に工房を構えて仕事をしています。
真室川産漆を生産・天日で手グロメ精製した自家漆を顔料と調合して漆器の製造を行っています。
真室川町は、伝統の漆産地と違い組合等の組織がないため、他地方の職人とつながり情報共有しながら活動しています。​​​
​日本伝統の技を途絶えさせないようにと思いながら、ここ真室川町で日々奮闘中です。


縄文時代前期から日本人と深い関わりがあった漆。
むかしむかしの大昔、もちろん化学塗料などありませんから身近な自然の素材を使い様々な工夫を凝らしたのでしょう。
9000年も前の遺跡から漆を使った装飾品が発掘されています。
その当時の誰かもきっと、自分や好きな人が使うものを美しくしたい。
そういった欲望があったのかもしれません。
どこからか湧いて出るインスピレーションを表現するための一つに漆を用いた。

長い年月を経た現代でもまだ使われていることに感動を覚えます。
漆は、塗るだけでなく強力な接着力があり、金閣寺や日光東照宮などの文化遺産の修繕にも使われています。
そして、抗菌力、防腐力があるので、塗ることで木の腐敗を防ぎ、仏像や建物、漆器が長持ちします。
先人の知恵が、今も尚続いている日本の文化を守ってきたのですね。
今回ご紹介する学さんも、伊達家の霊場松島にて、政宗公と正室愛姫の長女である五郎八姫(いろはひめ)のお霊屋の修繕に関わっているそうです。

歴史もあり、多様な使われ方をしている漆ですが、どのようにして採られるのか?
この記事では、漆掻きの現場に同行した際の様子をご紹介させていただきます。

霧がかった朝の7時、真室川町の某所にて待ち合わせ。
漆の木と雑草が生い茂った林の前に、バイクで現れた学さん。
林の奥に歩いて進んで行くと、傷が付いた漆の木が点々と現れます。

漆掻き2-真室川-

漆掻きの仕事は、木の皮を剥ぎ、傷をつけ、漆の樹液を集めます。
その樹液が漆塗料の原材料になります。

掻く為の道具は、(以下の写真上から)

カマ: 木の皮をはぎ取るための道具
カンナ(小): 木に傷をつける道具
ヘラ: 木の傷からにじみ出た漆を掻き取る道具
カンナ(大): 木に傷をつける道具
カキタル: ヘラで掻き取った漆を入れるための道具

漆掻き道具-真室川-

カンナを取り出し、ついている傷の上に新たな傷をつけていきます。
傷を付ける時期、傷の付け方、傷の長さ、樹液の集め方は職人の技術がとても重要だと言います。
木を見て、その木に合った傷の付け方があり、岩手県浄法寺町の漆掻き職人に教えを請いながら今のスタイルにたどり着いたそうです。

漆掻き3-真室川-

しばらくすると、傷口からじわじわと樹液が溢れてきます。
その樹液をヘラで掻き取り、カキツボに集めていきます。
この日は、7時から13時までの6時間掻き続けた結果、採れた漆の量は約250g。
この貴重な漆は、器を塗るとしたらだいたい5個分になります。
木から流れ出る樹脂を見ながら、掻き採る体験をしながら、有限の資源の重みを感じました。

漆掻き4-真室川-

天然の漆は、環境ホルモンとは無縁の優しい塗料。
自然の素材は、地球と人が共存するのに適した材料。
自然の時間軸でゆっくりと育つ材料なので、大量生産とは真逆のモノ。

モノの価値を決めるのは、値段だけでなく、それを選ぶ人なのかもしれません。
完成品を見て選ぶという選択方法から一歩進んで、ものづくりの行程や生産者を知ることで気づく“何か”
その“何か”が、選ぶ人が感じることができる価値のような気がします。

漆掻き5-真室川-

全国的に見ても、塗師として仕事をしている人で掻き子の仕事をする人は少ないと言われています。
なぜ、漆を掻こうと思ったのか?
学さんに聞いてみました。


真室川町にうるしセンターという施設(現在は閉館)があり、そこで塗りの修行をしていました。
塗ることを通じて、漆の生産についても興味が湧いたんです。
“漆”って聞くと、塗り物としてのイメージが強いように感じませんか?
その塗料はどのようにして出来上がるのか?
という基本的なことを自分の体で理解したいと思うようになったんです。
よく知ることで、自分の中での”漆の価値”も変わるような気がしたんです。


真室川町には漆の木を植樹していたという歴史があったので、
その漆の木を使い、掻いてみることにしました。
現代の人に「漆を掻いてみて」って言ったら掻けると思いますか?
掻けないですよね? (笑)


もちろん僕もはじめは分からず苦労しました。
初めて1年目は、全然ダメ。
一気に掻いて回った結果、採れた漆が水っぽくて全然使えなかったんです。
その時は全く理由が分からなかったのですが、岩手県浄法寺町の漆職人に話を伺いながらだんだん分かってきたんですね。


漆の木に傷を付けて、期間をあけてからまた傷を付ける必要があったんです。
期間をあけることで、漆の樹液が傷を治そうと集まってくるんですよ。
その集まった樹液が、塗りに使える漆になります。


3年目には、掻き方や加工にも大分慣れてきて、使える塗料になってきました。


今は、漆掻きや手グロメ精製(塗料にするまでの行程)も行い、地元の漆を使っています。
ただ、1人では採れる量にも限度があるし、漆の木を管理する人がいないということに困っています。
塗師が多くても、生産する人がいないと国産の漆は少なくなる一方ですよね。
様々な問題はありますが、僕が仕事を続けることで技術や想いがつながっていけば良いなと思っています。


学さんの気持ちや、仕事を始めた経緯、仕事内容など、今後の記事で徐々にご紹介していきますね。
お楽しみに!

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